こんにちは、シーラカンスです。
去年の夏のボーナスで買った高級ブーツ「ホワイツ・セミドレス」と、以前ヤフオクで落札した「56キングセイコー」(1970年代の機械式腕時計)を売却して手放しました。
今回は「身の丈以上の高級品」という記事です。
■私には贅沢過ぎました
資格勉強がひと段落し、自分の身の回りのものについて目を向けることにしました。
そうしたときに、以前から所有していたブーツと時計が気になりました。
「ホワイツ・セミドレス」というブーツは「ワークブーツの王様」と言われるほどの高級なブーツであります。新品だと一足10万円以上します。
去年の夏に、ボーナスで中古品を購入しました。約5万円ほどでした。
やはり、品質は最高であり、何よりもカッコいいものです。
「56キングセイコー」はセイコーの機械式時計であり、1970年当時、グランドセイコーに次ぐ高級時計でした。
これも数年前にヤフオクで2万円ほどで落札したものです。
これもまた、古き良き日本のモノづくり・・・という品質の良さがありました。
ですが、私はこれらを手放しました。
何故か?
・・・「身の丈に合わない高級品」
だと感じたからです。
■身近な人のためにも「持ち物を整理する」
勢いと憧れで買ったのはいいのですが、自分の生活スタイルに合っていないために「死蔵品」となってしまっていました。
先日受験した簿記三級の試験勉強が終わったことで、手付かずだった
「自分が今持っているモノの整理」
をしようと思ったわけです。
また私は「トラックの運転手」という仕事柄、
・「生きて帰れなかったら」
・「家に帰れなくなったら」
を想定しています。
事故に遭ったり、事故を起こしたり・・・。入院したり・・・。
仕事として運転手をしている限り、避けられないリスクです。
また、事故の「加害者側」として逮捕され、家に帰れなくなることも考えられます。
このような非常の場合に備え、身近な人が
・「捨てにくいもの」
・「判断に困るもの」
・「処分に苦痛を伴うもの」
をやたらに増やしたくない・・・というのも、処分を決断した一因です。
「形見っぽいものを処分しなくてはいけない」という心労を負わせないために。
処分や売却、維持管理などの「めんどくさいこと」を人に押し付けないために。
自分が健康に・自由に動けるうちに、持ち物を点検しておこうと思ったのです。
■「いつ使うのさ?」を考えていなかった
もちろん、売却するのに未練がなかったわけではありません。
どちらも中古で買ったとはいえそれなりに高価でしたし、品質自体は良かったからです。
ただ、
「私の生活には適さなかった」
というのもまた事実です。
例えば腕時計。
機械式時計は確かにカッコイイですが、仕事中につけたらすぐに壊れてしまいます。雨や汗に濡れますし、荷造りなどで激しい腕の動きがあるからです。この場合、
・「gショックを着ける」
・「そもそも腕時計を着けない」
のどちらかが適切でしょう。
ブーツも私の生活スタイルには合いませんでした。
「マニュアル車を運転するのに適さない」
という致命的な欠点が発覚したからです。
ペダルの裏に靴の外側部分が引っ掛かってしまうのです。非常に危険です。
また、単純にクラッチペダルの感覚が分からずにうまく運転できないのです。
自分の車も、会社のトラックも両方ともマニュアル車であります。
つまりこのブーツを履こうとするなら、
・「徒歩で外出する」
・「運転時は履き替える」
・「危険を知ったうえで履いて運転する」(ただし他者を危険にさらす)
しかないのです。
こうなるともう、履ける場面がありません。
実はこのブーツを履いて仕事をしてみたのですが、
・「靴が傷んでしまわないか」と気になること
・スネの表側がひどい筋肉痛になる
ことから、「仕事用には適さない」ことも発覚しました。
私の生活に適している靴を考えた場合、
・プライベートならスニーカー(底の薄めのもの)
・安全靴(仕事用)
が適切でしょう。
結局のところブーツの「見た目のカッコよさ」と「憧れ」が先走り、肝心の
「日常的に履けるのか?」「そもそも本当に今必要なのか?」
を考えていなかったのですね。
■売ったら2万円ほどになりました
リサイクルショップで買い取ってもらったところ、2万円ほどになりました。
ある程度いい値段がついて良かったと思います。
もちろん買い値からしたら「大損」ではあるものの、仕方ありません。
自分の仕事や生活事情を深く考えずに買ってしまったのですから、甘んじて受け入れるべきでしょう。
「自分の失敗」なのですから、自分で責任をもって清算しなくてはいけません。
「身の丈に合わない高級品」を、浅ましくも求めた自分を恥じなくてはいけません。
「買っておきながら死蔵し、挙句の果てに手放した」という、モノへの罪悪感も感じなくてはいけないでしょう。
今回の売却はいろいろな思いがありましたが、
・「自分の欲深さ」
・「身の丈以上の高級品を求める浅ましさ」
と正面から向き合う、いいきっかけになったと考えます。
■自分の物欲が嫌になります
人間、どうしても「欲しいもの」というのは出てくるものです。
私の場合、「デジタル一眼いいな」などの物欲が出てくる時があります。
ただ既にスマホがあるわけですし、少し古いとはいえ優秀なコンパクトデジカメも持っています。映りも全く問題ありません。
そもそも、これらの全ての機能を使いこなせてもいないくせに、さらに良いものを求める・・・というのは「強欲」というものでしょう。
また先ほどのブーツだって同じことです。
既に安全靴はあるわけですし、スニーカーもあります。
履くものには困っていなかったわけです。
仮に古くなってきたとしても、同じような1万円前後のスニーカー(または安全靴)で十分に役目を果たします。何なら、もっと安いのでも十分かもしれません。
それなのに私は・・・ブーツを買ったわけですね。
中古とはいえ、5万円も出して。
「身の丈以上の贅沢品」を求めたわけです。
そして、持て余したと。なんと愚かなことでしょう。
少し考えれば「自分には身分不相応だ」と分かっただろうに。
ちょっとお金を手にすれば「あれもほしい、これも欲しい・・・」。
ああもう!!
全く、どうしようもありませんね。
「なんと欲深いのか。なんとアホなのか!! 恥を知れ!!」
「お前はそんなに贅沢ができる身分なのか!!」
「そんなに稼ぎが良いのか!! お前はそんなに裕福なのか!!」
「使うことばっかり考えやがって!!仕事しろ!!!」
・・・と、自分の欲深さが嫌になります。
・「お前は投資家だろう」
・「モノを買うより株を買えよ」
・「物欲に左右されているなんて」
・「お前の投資家としての情熱は『その程度』だったのか」
・・・自分で自分を責めても仕方ありませんが、つい色々と考えてしまいます。
「身の丈以上の高級品を買った」という失敗はあったとはいえ・・・。
「売却」という形で失敗の清算は出来たわけですから、この経験を今後に生かそうと思います。いつまでもウジウジ考えても仕方ないですね。